家庭からの幼児教育の復活(3)

前回の家庭からの幼児教育の復活(1)と(2)で書きましたように、澤口俊之先生によれば、脳科学と幼児教育の観点から見た場合は、確かに現在の、教育を取り囲む状況というのはあまり望ましいものではないのかもしれません。

8歳までが勝負だという澤口先生の言葉を準ずれば、生まれてから、小学校低学年までの数年間をどのように子どもと共に過ごすか。

一般的に、お子さんは3歳から4歳で幼稚園や保育園などで、最初の「幼児教育」と「社会生活」を学びます。

そして、その前は主に「お母さん等と一緒に」過ごします。

この3歳になる前までの「母と子どもの時間」というものの重要性についても、幼児教育では大変に強く言われていることで、これは、その時期に詰め込み式の英才教育を行ったりするというようなことではなく、この時期に、

「自ら学習に向かうような心を持つ子供」

として成長させる足がかりにされることこそ、右脳教育の最大のポイントだった考えられています。

その時期に、生活リズムなど整えるというような基本的なことから初めて、歯磨きや睡眠などといった、しつけや生活習慣を自然と身につけていきながら、右脳教育の中での、0歳児のできることや、1歳児のできること、2歳児のできることの学習を、親子の関係を育みながら行うということ。

これを可能とするのが右脳教育です。

そして、言葉を覚えていき、数や物事の認識と進んでいくに応じて、また教育を進めていく。音楽や芸術などを取り入れていくことに関しても、お母さんやお父さんの趣味や好みを反映させることもいいことだと思います。

右脳教育や、あるいは澤口俊之先生がおっしゃっている「未来への可能性」の中には、「家族という存在の復権」というものも大きく関わります。

家族全体で成長していくことが、親子のため、そして、それはあるいは大きな意味では日本全体のためになることなのかもしれません。

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家庭からの幼児教育の復活(2

米国の哲学者、ロバートフルガムという人は、自らの言葉で、

「人生に必要な知識はすべて幼稚園の砂場で学んだ」

と言っています。

このことが幼児教育のすべてを表している言葉だとして、澤口先生も紹介されているのですが、前回の「普通の環境」を取り戻すにはどうしたらいいかということに関して、幼稚園や学校の現場で行うべきようなことはたくさんあると思います。

しかし、タイトルの通り、「家庭からの幼児教育の復活」ということを考えてみますと、津和口先生の言われていた中の「まともな父性と母性」ということは重要な言葉に思えます。

澤口俊之先生の著では、「幼児教育現場の回復と、社会の未来に向けて」として、以下のようなことが述べられています。

——————–

◎ 最低3人の子どものいる家庭が望ましい。これが家庭内に「普通の環境」をつくる最初のポイント。

◎ 子ども同士の関係に口出しを極力しない。但し、社会ルールや規範に外れた場合にはきちんと叱り、指導する。これは本来の父性の役割。

◎ 母性の復活も重要。少なくとも、子どもが8歳くらいまでは母親は家庭にいて、適切で豊かな愛情を注ぐことが望ましい。

——————–

と書かれています。

まあ、現実問題として、「最低3人の子ども」とか「8歳まで母親は家に」というのは難しいと思います。これは、現実の周囲の多くの生活を見ていると、否定できない面はあり、「そのような形で努力する」という方向にならざるを得ない面はあるかもしれないですが、そういう生活の中で、

・母性の復活

・父性の重要性の再確認

ということを、親のほうがきちんと意識して生活することで、家庭内の幼児教育の第一歩は歩めるのではないかと思ったりした次第です。

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家庭からの幼児教育の復活(1)

澤口俊之先生が幼児教育の重要性を語る上で、最も懸念していることが、先生の次の言葉で表されると思います。

それは、

「幼稚園・保育所、そして、小学校がすでに「普通の環境」をつくる場として機能しなくなっている」。

この言葉です。

ここで先生が言う「普通の環境」とは何か?

それは、まずは、

・同年代などの子どもたちの集団の中での自由で自発的な子どもたちの関係。

が最も大事だとし、そして、

・まともな父性と母性。

というものがそれ同時に大事だと述べられいます。

「同年代などの子どもたちの集団の中での自由で自発的な子どもたちの関係」というのは、つまり、子どもたちが正常な「対等な子ども同士の関係」として、成り立っているかどうかという問題であり、つまり、「親や大人が口出ししない関係」を子どもたちが持てるかどうかということだと思います。

これも、現在の少子化、少人数クラス化、あるいは過保護傾向な両親などの存在、など、いろいろな問題もあり、現在はこの「子ども同士の正常な人間関係」が損なわれつつあることは、以前、幼児教育関係の現場に少しいた私としても感じることがあることでした。

そして、「まともな父性と母性」。

これは、つまり、今のお父さんとお母さんが、「きちんとした父性と母性を持っていない」かもしれないということを先生は言われているのかもしれません。

私も親で、耳の痛いところですが、このことを快復する具体的な方法について次回に書いてみます。

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現在の教育は荒廃してしまっているのか?

澤口俊之先生は、現在の教育現場について、悲観的な意見も多い方ですが、それを抜きにしても、確かに現在は「教育を取り囲む様々な面で」問題は確かに内在していると思います。

澤口俊之先生が自著やブログなどで言われている教育の荒廃については、大体、以下のようなことが挙げられています。

「幼児教育は成人の教育や能力開発とは比較にならない重要性を持ち、幼児教育に失敗したらほとんど取り返しがつかない。なのに、日本では、不適切な幼児教育が広く行われており、その間違った幼児教育のツケが出てきてしまっている」。

そして、これらが結果として、

「陰湿ないじめ、子どもの自殺、校内暴力、家庭内暴力、すぐにキレる子、若年化する犯罪、学級崩壊、援助交際、鬱病、幸福になれない症候群」

というような、子どもから若者に至る人々の社会的に大きな問題の根幹となっていると澤口俊之先生は述べられています。

もちろん、実際にこれらのことすべてが当てはまるのかどうかということは一概に言えるものではないしても、澤口俊之先生が「現在の幼児教育の持つ問題、あるいは、間違った幼児教育」を懸念されていて、それが社会の崩壊的名現象にも結びつくものかもしれないというようなことを述べられています。

これは教育の現場というだけの問題ではなく、澤口俊之先生は、戦後日本の流れの中の核家族化、少子化、都父性の希薄化、女性の社会進出の加速、主婦の役割の軽 視といったものが「普通ではない環境」をもたらしていると述べられています。

そういった様々な問題の中で、私たち個人が具体的に対処し得る問題はあまりないのは事実ですが、しかし、まずは私たちは自分の前にいる子どもをまず見つめることらスタートして、そして、「家庭からの幼児教育の復活」というものがあればいいのだと思うこともあるのです。

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2011年7月21日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:幼児教育

澤口俊之先生の幼児教育と芸術

子どもと芸術に関しても、いろいろな意見はありつつも、そこに共通しているのが、「早い段階からいい音楽を聴かせること」や、「良質な絵画をみせること」は、良いことであると言われています。

もちろん、いい音楽とか良い絵画というものには好みの固体差があるわけで、なかなか難しいものですが、それでは、澤口俊之先生は脳科学などの見地からどのように言われているのでしょうか。先生の著書には、音楽的知性、絵画的知性についてふれられていて、また、他に空間認識や言語などについてもふれられていますので、その部分を簡単に書いておきます。著書『幼児教育と脳』より。

1. 音楽的知性について

・0歳から良質な音楽を聴かせること、感受性期に楽器演奏をすることは大切。
・モーツアルトの曲を聴かせるだけでIQが伸びるというデータがある。
・母親の子守歌を聴かせることで音痴になりにくい。

2. 絵画的知性

・本物の良質な絵画に囲まれて育つ環境が不可欠。
・描くことも大切。紙と書くものがあればよい。
・描いた絵の内容によって幼児の精神状態もわかる。

3. 空間的知性と論理数学的知性

・積み木やロゴなど、創意工夫しながら立体物をつ作ることは大切。

4. 身体運動的知性

・薄着で自由に運動させることが大切。
・「高い高い」や逆さ向き、適度に体を振ることも平衡感覚の発達に大切。

5. 言語的知性

・初期のバイリンガルにするためには、幼稚園から小学校低学年期に集中的にネイティブ英語を話す人による教育が不可欠。
・一般的に、幼少期以降に厳しい教育を行う傾向があるが、幼少期にこそ、徹底的な教育が大きな教育効果をもたらす。

とのことです。

まあ、「良質の芸術が何か」というのは論点のわかれるところではありますが、このあたりは、様々な人の経験談などを聞くのもいいかと思います。

少なくとも、まったく音楽や絵画に親しむことのない生活よりは、芸術が身近にある生活のほうがいいということは言えるのかもしれません。

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澤口俊之先生は8歳までが勝負と言う

澤口俊之先生の著書『幼児教育と脳』には、幼児教育は「8歳までが勝負」ということが書かれています。

難しい言葉が並びますが、ひとことでいうと、大脳の神経や大まかな後の枠組みの形成は8歳頃がピークとなり、そのまま、15歳頃までは変わらないということのようです。

つまり、その時期での適切な脳教育というものにより、澤口俊之先生が言われる「人はもともみんなが天才である」という部分をそのまま伸ばすことができるということのようです。

また、脳の構造も基本的には遺伝子によって遺伝されるもので、たとえば、 IQ (知能指数)に関しては、遺伝的要素が60パーセント、環境の要素が40パーセントだと澤口俊之先生は書かれています。逆にいうと、40パーセントの環境要因によって、脳の発達に差が出るということもいえるのだと思います。

先生によると、脳科学から見ると、幼児期という定義は、「0歳から8歳まで」となり、次のようなことが言えるそうです。

・幼児期(0歳から8歳まで)の脳教育は非常に重要。

・押しつけることはよくないが、子どもの自発性に任せるだけでもいけない。

・知性を伸ばすための環境要因を正しく整えることが大切。

というようなことが言えそうです。

幼児教育に関しての様々な意見や方法論を通して言えるのは、この「早期教育は、非常に重要だ」ということで、現在、早い段階からの教育というものが大変に重要視されているのも、これら「脳科学」の見地からも見て取れるようです。

そして、また、一方で、乳幼児など小さな赤ちゃんの際の教育には、繊細な気配りやあるいは、方法論といったものが必要になるわけで、適切な知識と教材こそが、不可欠なものなのかもしれません。

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澤口俊之先生の子どもと夢

このブログの最初の記事でも引用させていただいたのですが、以前、「ホンマでっか!?TV」に出演されていた澤口俊之先生は、このようなことをおっしゃっていました。

「夢に向かって努力をする子どもは頭が良い傾向がある。勉強しなさいと言わないと子どもが勉強しないという事はない。子どもに夢を持たせると進んで勉強するようになる。どんな夢でも聞いて肯定して、夢への手順を教える事が重要」

だと。

つまり、澤口俊之先生の脳科学的な見地からも、「親が積極的に子ども夢を肯定することはいいことだ」ということなのです。

昔からあるような英才教育のイメージですと、何となく「子どもの持つ夢は我慢してもらって、とにかく勉強だけに集中させる」というような雰囲気がだたよっているわけですが、時代は進み、現在は、

「子どもの夢を発展させて、それを大事にすることによって、子どもに勉強させる気を起こさせる」

という方向になってきているのです。

これは、実際には子どもにとっても嬉しいだけではなく、親にとっても嬉しいことのはずで、どんな親でも実際には子どもにはたくさんの夢を持ってもらいたいものです。

それでも、子どもの夢の中には「突拍子もないもの」や、「そんなことを夢見ていていいのだろうか」というようなハラハラさせるような夢もあるわけです。

それを「この夢はいいけど、こちらの夢はダメ」というような取捨選択を、まずは親のほうからするのではなく、子ども持つもの、想像するもの、イメージするものすべてを尊重してあげるということが大事だということのようです。

子どもがいろいろなことを言って、それは「どうなんだろうなあ」と迷った際には、澤口俊之先生の言葉の、

「どんな夢でも聞いて肯定して、夢への手順を教える事が重要」

という言葉を思い出してほしいように思います。

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澤口俊之先生の多動症とテレビについて

発達障害や多動症の子どもたちがなぜ最近増えているのかということについては、ハッキリとは解明されていないのですが、澤口俊之先生は、以前、テレビの影響について言及したことがあります。

帯西幼稚園サイトの<a href =”http://www.obi-gaku.com/taisei/entyou/entyou.htm” target=”_blank”>園長先生</a>の文章にこのようにあります

(ここから抜粋)
—–

ある統計で特に(テレビを見ている時間が)長時間だった子供の行動を観察すると、共通した特徴が「友達関係がもてない」「表情が乏しい」「視線が合わない」「遊びが限られる」「話し言葉に抑揚がない」・・など、特徴の多くは自閉症の子供に似ているそうです。

北大の澤口俊之先生教授によりますと「ADHD(注意欠陥多動症)の急増などはテレビ付けの環境が影響を及ぼしていると考えざるを得ない。」と言ってます。澤口俊之先生教授が危惧しているのは、テレビを子守がわりにすることによって、子供が母親から引き離されることであって、脳の発達に必要な双方向の刺激、つまり母親とのコミュニケーションがとれなくなることだそうです。ほんとに怖いことですね。

今問われているのは「見方」「見せ方」だそうです。
ある地域で月に一度「ノーテレビデー」を1年間続けたら、叩く、蹴るという攻撃的な行動が減って、「やだ」「死ね」という単語でしか話せなかった子が、文章の形で話せるようになったという報告が出ています。

—–

(抜粋ここまで)

テレビについてはいろいろと言われていますが、これについても根拠として解明されている部分はないですが、ただ、上の幼稚園の園長先生の言葉にありますように、

「テレビを子守がわりにすることによって、子供が母親から引き離されること」

が問題であり、そして、それにより、

「脳の発達に必要な双方向の刺激、つまり母親とのコミュニケーションがとれなくなること」

が懸念されると、澤口俊之先生はおっしゃっているようです。

確かに、テレビ双方のコミュニケーションが存在するメディアではないですから、「情報を受けることしかでききない」ということに陥りやすいという可能性は、もしかするとあるのかもしれません。

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2011年7月21日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:多動症 幼児教育

多動症と発達障害(2)

発達障害、あるいは多動症の子どもたちが増えているということを前回「多動症と発達障害(1)」で書いたのですが、では、どうして、多動症になるのか、あるいは現在、どうして多動症の子どもたちが増えているのかということについては、いまでにハッキリとは解明されていません。

遺伝学、化学物質、環境学、電磁波説、脳科学など様々なサイドからの研究が存在していますが、今のところは有効な理由は見出せていません。

医学的に大勢を占めている「可能性」としての意見は下のようなものです。

ちなみに、ここでは「遺伝」という言葉は使っていませんが、発達障害も多動症も傾向としては家族の中に同じ例かせ見られることが多く(主に男性)、遺伝的な要因も強く挙げられています。

1. 生まれつきの体質

多動症などの子どもたちの場合、家族のだれかに、子どものころに似た行動パターンをとっていた人がいた例が多くあります。それらの人たちの現在の状態から、子どもの経過がある程度予想できるとされています。

2. 何らかの脳の障害や、脳の発達の障害が基礎にあるという説

脳の神経の情報を伝える物質の中にモノアミンといわれる物質があり、これが関係する神経系に異常があるのではないかとする説がありますが、証拠が得られている学説ではありません。また、脳の中の視床下部、前頭葉に障害があるのではないか という説もありますが、これも同様に医学的な証拠は得られていません。

3. 環境。家庭や学校など子どもを取り囲む環境が原因という説

「原因」というのは説として難しい面がありますが(多くは1歳までに症状が出始めるので)、症状の出方や経過に影響を与えるという意味では、確かに関係がある可能性はあります。

4. その他。アレルギー反応、鉛や水銀、あるいは食品添加物が原因としてあげられることがありますが、確証の得られている説はありません。

このようにわからないことが多いのですが、幼児教育という問題の中で、多かれ少なかれ、子ども多動の問題と直面する可能性は多いと思います。

脳科学などでの解明が進むことを期待しつつも、また、家庭などでの取り組みも大切なことだと思います。

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多動症と発達障害

発達障害に関しては、私は専門家ではないので、これらのことについて簡単に書くというわけにはいかないです。特に、発達障害のお子さんに関しては、できれば、2歳などよりずっと早い段階での早期の療育などが実際にとても大切だということは言われています。

これらに関しては、赤ちゃんの定期検診の際のチェック項目の中に含まれていて、また、それを行う方々もたいていは経験の多い保健婦さんたちが多いですので、とりあえずは「定期的な検診」といったものを、きちんと受けることは当然ですが、保健婦さんたちの言葉をきちんと聞くことも大事だと思います。

発達障害というカテゴリーとはまた別の問題として、最近、非常に増えている、あるいはクローズアップされている問題に「多動症の子ども」ということがあります。

この多動症というのは、一般的にでも子どもはいろいろと動き回りますが、「それを越えた落ち着きのなさ」が問題となるものです。これに関しては、澤口俊之先生も繰り替えてブログなどで述べられていて、幼児教育の観点からの研究を進められているようです。

多動症は、たとえば、子どもが危険なことをしようとしている時に「だめ!」と声をかけても、その行動を止めることをせず、「この子は耳が聞こえないのでは」と疑うほど親の声が届かなかったりします。

こういう子でもは、お母さんや他の子どもたちと一緒に落ち着いて遊んだり、食事をしたりということが難しく、また、他の子供への関心がう薄く、いつも自分勝手に遊んでしまうといった傾向があり、 また、自分の意に沿わないことがあると大騒ぎをいる子もいます。

なので、お母さんたちも意気地に苦労するだけではなく、幼稚園や、あるいはその先に進学する際に問題となってくることもあるのです。

今、こういう子どもの数が大変に増えています。

根本的な解決策が見出せていないので、なかなか難しい問題ではあるのですが、みこれらも脳教育や人間性脳科学からの「右脳と人間性の広がり」からの視点で望む試みもされています。

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